突然ですが、僕は青森県でフルリモートで働いている。出社は東京のオフィスに月に 1 回、だいたいが 1 泊 2 日。転職したのは 2017 年の 7 月で、今日で約 7 ヶ月半が経った。そろそろフルリモートについて軽くまとめておこう。
さらに突然ですが、僕には嫁さんがおり、その嫁さんは Web デザインや UI/UX 系のお仕事をしており、むかしから家でフルリモートをしている。もともとはフリーランスだったのが、今は社員としてフルリモートをしているので、 フルリモート社員夫婦 という割りと稀有(だと思っている)な環境になりました。※会社はまったく別です
転職についてはそれほど言いたいこともないので、フルリモートそのものについてちょっとまとめておこうとブログ記事をおこした次第です。
トレードオフ
得たもの
- 自分にあった椅子
- 自分の気分で決められる音楽、音響
- 自分にあった室温・湿度調整
失ったモノ
- 仕事を切り上げるタイミング
- 気になったり、修正方法を思いついたりすると、家のどこでも数秒でオフィスに行けるのと同じ。結果、煮詰まって辛くなるので、強い気持ちで「今日は終わり」とする。
- 早起きに対するモチベーション
- 出社に公共機関も使わないし、雪かきしないと車が出せないとかもない
- こどもたちを送り出すためだけに起きる
フルリモートは楽か
- 仕事に付随する仕事ではない活動が圧縮されるので、圧倒的に楽。
- 電車、徒歩、車による通勤
- 外食主体の昼食
- 職場によっては電話や外来の対応
- ただし、仕事でない活動の中に楽しさがある人はむしろ苦しいのかもしれない。
- 通勤がないので何気ない外部の変化を感じない。桜が咲いた、とか。
- 偶発的に得られる、知らないものへの認知を得ることができない。
- 体力は必要
- 出社が完全に不要な環境はなかなかない。平日に長距離移動しながらコード書いたりするのは想像しているよりも体を酷使する。
フルリモートはだれでもできるか
これは賛否両論だろうし、あまり強い言葉で主張しにくいのですが、また、決して自分が頑張っているという自慢の意味ではなく、そんな気持ちを一切抜きにして、 「No」 と言わざるを得ない。ある種の才能なのか、適正なのか、はたまた慣れや経験なのか、リモートが楽な人、そうでもない人、苦痛な人、がそれぞれいると思う。リモートだとチャットが唯一の社内コミュニケーションになることがおおいでしょうが、フルリモートの場合はそれに輪をかけて、チャットで観測できないものは会社で起きてないのと一緒で、 チャットが会社そのもの になる。だから最初の 1 ヶ月くらいはチャットを常に追いながらコードを書くという脳みそに慣れるのが結構大変だった。できるようになったからいいけども、出来ないひとがいても普通だコレ...というのが正直な感想。
僕の場合は先人のフルリモートワーカーがいてくれたおかげで、そのチャットの呼吸(としか言いようがない)をモデルに自分なりに染み込ませていった。
うまみとつらみ
うまみ
- 地方だからといって言うほど物価が違うわけではないのだが(同じ日本だぜ)、主に子どもにかかるお金が安いのは助かっている。出入りでいうと割がいい。
- 節約できる。外にいるとどうしても缶コーヒーとか買っちゃう。家は温かいコーヒーが淹れられる。
- 思いっきり休憩できる。昼食をとった後に 10 分くらいソファやベッドで休んだり。
つらみ
- エンジニア以外との交流が少なくなってしまうのはすこし寂しい。
- ”袖振り合うも多生の縁”、袖振りあってないしなー。とか。
- 「また次回」が難しい
- 事務処理
- なぜ日本の役所関係各位は、物理的な紙の提出を求めるんですかね。
- 印鑑文化、そろそろ捨てようぜ
感謝
なんだかんだと書きなぐってみましたが、フルリモート楽しくやってます。ぶっちゃけフルリモートが可能なのって周りのリテラシーとかも必要で、そういう意味では恵まれた 弊社です。だけど周りがそのリテラシーを持ってることに対して「理解してくれて感謝」するのはちょっと違う気がしていて、その辺のコミュ力だったり気持ちは必要なのかもしれません。嫁さんもフルリモート歴が長く、家での仕事のことや体調管理のことに理解があったのもバックグラウンドにあります。ちょっとしたことで人間は割りと簡単にストレスを感じてしまうので、家のなかに仕事を持ち込むどころか家の中を仕事場にするというのはそれなりに考え方をはっきりさせておくのが大事なように思います。 「フルリモートの心得」 みたいな本、もしかしたら需要あるのかも。
